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Malice at the Palaceドキュメンタリー <変化するプレイヤーとファンのダイナミック>

どうも。オリンピックも終わり無事アメリカが金メダルを獲得したが、デゥラントが他のスターと比べても一枚も二枚も上手であることを証明する大会でもあった。困った時は常にデゥラントが何かしらの形で得点しており、イヤニスに傾きかけていたNBAのベストプレーヤーの称号を取り戻した感じである。一方、リラードは意外とオリンピックに向いていないということも明らかになってしまった。3ポイントラインがNBAよりも短いことで、彼が得意のロングレンジショットによるスペーシングの効果が薄れ、更にNBAよりフィジカルコンタクトが許されるFIBAルールではファールが取られづらいのもDameが活躍しきれなかった理由であろう。

 

そして今はサマーリーグが熱く、各チームの若手から、ブランドン・ナイトやケネット・フリードといった昔活躍したベテランまで様々選手が見られるのが面白い。特に今年のドラフト1位~5位にセレクトされた全ての選手がいい感じにプレーしており、それぞれがポテンシャルを開花させる可能性がある稀なドラフトになる可能性があるので、今シーズンが今から楽しみである。

 

オリンピックやサマーリーグ、フリーエージェンシーなど色々と忙しいところではあるが、今回は2004-2005シーズンに起こった有名なMalice at Palaceについてフォーカスしてみたい。というのも当時インディアナ・ペイサーズのエースだったジャメイン・オニールがエグゼクティブプロデゥーサーとして作成したドキュメンタリーが8/13にネットフリックスでストリーミング開始となったからである。このドキュメンタリーは今まで多く語られてこなかった当時の選手の観点からのインタビューがまとめられているのが興味深い。

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この「事件」について知らない方に向けておさらいすると、2004年シーズン初頭の11/19にピストンズのホームのPalaceアリーナで、デトロイト・ピストンズインディアナ・ペイサーズの試合が行われた。この2チームは前年のイースタンカンファレンスファイナルで対決しており、2004-2005シーズンもイーストのトップ2チームと言われていたライバル関係があった。試合自体はペイサーズが圧倒し、残り45.9秒で97-82とペイサーズの勝利がもう決まっていたところ、ペイサーズのロン・アーティスト (メタ・ワールドピース) がピストンズベン・ウォーレスにハード・ファールをして、それに怒ったウォーレスがアーティストを押して両チームの乱闘騒ぎとなったところから始まる。

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乱闘自体は収まりかけ、アーティストが自分を落ち着かせようとスコアボードに寝っころがっていたところ、ピストンズのファンが飲み物の入ったカップをアーティストに向かって投げ、それが彼に当たったところで事態が急変する。(観客席の上からアーティストに当てるショットの正確性には驚きだが、、、) スイッチが入ったアーティストは観客席に走り出し、観客を殴り始め(勘違いして犯人の隣に立っていた人を殴り始めちゃったのだが)、アーティストを擁護しようとペイサーズのスティーブン・ジャクションやその他選手も観客席に入り大乱闘となった。フーリガン化したピストンズファンがコートに入ってきてペイサーズ選手に喧嘩をしかけたり、ペイサーズ選手がロッカールームに避難しようとするところで、ファンが飲み物、ポップコーン、しまいには椅子を投げつけようとするなどNBA史上最もひどい乱闘騒ぎとなったのである。

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この乱闘に対してメディアはこぞってプレイヤーを責め立て、それを受けてNBAは主犯のアーティストを残りのシーズン欠場、ジャクソンは30試合のペナルティ、オニールも25試合(のちに15試合にカット)の欠場を強いられた。上述の通りリーグトップの実力を持っていたペイサーズの優勝の可能性はここで絶たれ、結局プレイオフ2回戦で奇しくもピストンズに敗退する。更にペイサーズ一筋18年で優勝経験のなかったレジ―・ミラーの最後のチャンスとなるはずだったシーズンがこの制裁により台無しになってしまった。

 

この乱闘騒ぎに関わった選手には様々なストーリーがあった。アーティストはもともと精神的に荒れた選手と言われていたが、実はメンタルヘルスの問題をリーグ入団時から抱えていて感情をコントロールするのが苦手だったことが後にわかる。また、ファールを受けたウォーレスも兄弟を亡くしたばかりで感情的になっていたこと、気性は荒いがチーム思いのジャクソン、スーパースターとなりつつあったオニールはこのシーズンの後ケガもあり下降線を辿ってしまうなど、非常に多くのドラマがある。ただここでは、ファンとプレイヤーの関係、そしてメディアの報道の仕方について焦点を当てて考えたい。

 

1) メディアの報道の仕方と世間の反応

Malice at the Palaceにおいて大きな問題の1つがメディアの報道の仕方と世論の扇動である。乱闘が起こった直後のESPNのリアクションではファンに批判的な言い方も多かったのだが、翌日には一気にプレイヤーが一方的に悪者扱いされるようになる。

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確かにプレイヤーが観客席に乗り込むことはタブーとされており、アーティストのリアクションが正しかった訳ではないし褒められるべきでもない。但し、そもそも沈静化した選手同士の乱闘をファンとのやり合いに悪化させたのもファンだし、アーティストがスタンドに行った以降に自体を悪くさせた責任もファンにある。そして、すぐに動かなかったセキュリティ、選手ではなくファンを守ろうとした警察も同罪である。選手の数は10人に対して、2万近くいる観客を相手にしているわけで、ファンが物を投げたり喧嘩を売っているの対してプレイヤーは完全に劣勢である。こうなった場合、プレイヤー達が自己防衛のために戦う必要があるのは当たり前ではないかと思う。

 

然し、事が非常に大きくなり、スポーツニュースだけでなく、一般のニュースも報じるようになったことで選手攻撃が始まってしまう。この時に見逃してはいけないのが、私の記事で以前から指摘している白人対黒人の構造と黒人に対する報道の仕方である。

 

NBAの試合の観客席は決して安くない。その席を購入できる多くは白人である。そして、この乱闘で騒ぎを起こしたファンの大半が白人である。一方ファンと取っ組み合いをしたペイサーズの選手は全員黒人である。この時点で体が大きく怖い黒人に対して白人が戦っているという幻想ができる。それだけで世論はファンに傾むくのだが、メディアも白人を守るような報道の仕方をする。そもそも当時のテレビに出てくるコメンテイターの多くが白人であることもあり、黒人が荒れている、彼らはギャングスターだ、Thug (犯罪者、暴力者のような意味) だという言葉を使って批判した。そして勝手に90年代に台頭したヒップホップの影響によって黒人は暴力的になっていると決めつけ、社会に悪をもたらすかのように伝えたのである。これが白人対白人だったらどうなるだろうか。アイスホッケーがいい例で、ホッケーでは頻繁に選手同士の乱闘が起こるが、誰も彼らのことをThugとは呼ばない。むしろ乱闘起こしている選手達をタフだ、ハードだと賞賛する傾向すらある。それが黒人 vs. 白人になった瞬間、黒人の怒りをコントロールしなければいけない、NBAは犯罪者の集まりだとなる。この構造はBlack Lives Matterへの批判にもつながると言える。白人の秩序を脅かす黒人という勝手なイメージとメディアの伝え方がリーグと選手を追い詰めたのである。

 

2) NBAの対応

世論のプレッシャーがあった中、NBAに取った措置は選手を裏切るものだった。ジョーダンが引退して人気が落ちていたNBAは更なるイメージダウンを避けるために、先述の選手への罰則だけでなく、彼らがインタビューで乱闘の件を発言することも禁じた。つまりリーグは選手ではなくファンの肩を持ったことになる。当時のペイサーズの選手としてはこの決断と方向性に納得はいかなかっただろう。更に、リーグ全体にドレスコードという試合時は基本的にスーツを着なければいけないルールを課したり、コートで乱闘騒ぎが起きたときにベンチの選手がベンチを離れたら出場停止というルールを作った。特にドレスコードは選手の表現の自由を規制する為、多くの批判もあったが、NBAネガティブキャンペーンを払拭する為に、とにかくクリーンなイメージを作る事に必死だった。こに当時のコミッショナーが暴君のデイビット・スターンであったことは大きい。スターンはリーグをグローバル化させて、現在の繁栄を気づいた最大の立役者であることには間違いないが、非常に高圧的で独裁者のような存在でもあった。諸々のペナルティやルールについても彼の独断で決められており、白人のコミッショナーが黒人選手に有無を言わさず従わせるという構造もできていた。その後レブロンやカリーといったファミリー第一のクリーンな選手がリーグを代表する存在となったことで、NBAが必然的に受け入れられやすくなったのも幸運であった。

 

3) ファンの態度と意識

先程から記載しているように観客が有利になるような報道や対応がされたわけであるが、これに白人対黒人の意識があるのはもちろんだが、根本にはファンであれば何をしても許されるという風潮があったことも大きい。これについてはNBAに限った話ではなく、ヨーロッパサッカーでは更にひどいが、お金を払って見に来ているファンはどんな酷いことを言っても、どんな悪態をついても許されていた感がある。

 

今回のドキュメンタリーでも取り上げられているが、カップを投げたくそ男も、アーティストに食ってかかろうとコートに降りてきたアホ男も、自分にはその権利があると思っていたわけである。そして選手がそれに反応して対抗してきても自分には非はないのだという特権意識、選手たちを訴えてお金を巻き取ればいいというつもりでいたのだろう。(司法のあり方の問題も大きい) これは今年の1月6日にトランプサポーターが議会を襲撃したテロも似たような現象であり、これまで社会に守られたきた白人の一部は自分の取った行動の重大さに気づかず、自分が処罰されるなんて想像もしていなかった訳である。

atsukobe.hatenablog.com

 

そしてスポーツという枠組みの中でファンという立場にいることが、なぜか彼らに心理的パワー与え、選手に向かってカップを投げたり、暴言を吐いたり、つばをかけたり、飲み物をかけたりするのである。(これは人種に関係なく日本でもあるが) もしその選手に街中であったら、絶対に喧嘩を売るような行為はしないはずなのにである。(なので彼らはただの負け犬である)

 

こういった行為が以前までは批判の対象になることが少なかったのだが、最近は世論が変わってきている。今年のプレイオフでもトレイ・ヤングが唾をかけられたり、ウエストブルックがポップコーンを投げられたり、カイリーにペットボトルが投げらたりとファンの行動は変わってないのだが、それに対するリアクションがリーグも含めて大きく違う。今上げた3つの事例のファンは全てアリーナ永久追放になった上、TwitterなどのSNSで顔出しで笑いものにされるようになった。もちろん顔が出ることによって目立つことができるので、故意的に選手を困らせる迷惑YouTuberタイプも増えてくることは十分に考えられるが、少なくともそれに対する処罰と、プレイヤーを守ろうという風潮が強くなっていることは確かであり、ファンの優位意識が剥奪されることはいい事だと考えている。

 

今回のドキュメンタリーは改めて観客の愚行と傍若無人さ、メディアのバイアス、スポーツと黒人差別の関連性など様々な問題を浮き彫りにしてくれており、17年前の出来事だが、現在でも非常に関係のある内容となっている。是非一度見て頂きたい。