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ミネアポリスの判決の意味とは <アメリカ黒人差別問題>

どうも。昨年アメリカで大きな社会問題となった警官によるジョージ・フロイドの殺害について、主犯であるミネアポリス警察のDerek Chauvin (デレック・ショーヴィン) に対して殺人罪の判決が下された。今回はこの件について簡単に個人的な考えをまとめてみたい。ほぼ1年前に起きたジョージ・フロイドの窒息死事件は下記の記事をご参考。

atsukobe.hatenablog.com

 

1. 当たり前が通らない歴史

アメリカだけでなく世界的な問題に発展したこの事件の裁判はもちろん大きな関心を呼んだ。普通に考えたらショーヴィンがやったことに対して殺人罪となるのは当たり前のはずなのだが、そうはいかないのがアメリカ社会の問題である。なぜなら白人警官が黒人に暴行を加え、時には死亡させた場合ですら起訴されない、裁判で無罪になるケースが多々あったからである。

 

例えば、91年にLAで起きたロドニー・キング事件では、何人もの警官が無防備のキング相手に暴行を加えた動画の証拠があった中、全ての警官が無罪になった。これによりLAライオットと呼ばれる暴動が起きた。最近ではミズーリで逮捕に抵抗したマイケル・ブラウンを射殺した警官や、エリック・ガーナーを窒息死させた警官も裁かれておらず、大きな抗議運動が起きた。こういった事例がある為、結局白人警官が人を殺しても、その相手が黒人である限りどうせ法で裁かれないだろうという懐疑的な見方になってしまう。

 

今回の裁判でデレック・ショーヴィンを有罪にすることはできたのは、反論することができない決定的な証拠があったからであろう。8分46秒間の間、完全無抵抗のジョージ・フロイドの首に膝をのせて、"I can't breathe"と言っていたフロイドを無視して窒息死させた動画はあまりにも生生しく、被告が何を言おうと陪審員をひっくり返すことは難しかっただろう。もちろんここまで大きな社会問題となったこと、世論が少しづつ変わってきたことも貢献しているとは思う。そんな状況だったであったのにも関わらず、本当に殺人罪で有罪になるか不安視されていたことが、黒人の司法に対する信頼の無さを表している。逆に言うと、一部始終が動画で撮られていなかったら起訴すらされていなかったのかもしれない。

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判決を言い渡される容疑者

 

 

2. 止まらない白人警官の横暴

昨年のBlack Lives Matterによって白人警官の横暴が静まったかといえば全くそうではない。この裁判の判決が決まる数日前には事件が起こった同じ場所のミネアポリスで黒人のダンテ・ライトが白人警官によって殺害された。この事件では、自動車の登録が漏れていたライトの車を止めた警官が、ライトが指示に従わなかった為に発砲したのである。警察によると発砲したキンバリー・ポーター警官はライトにテーザーを使おうとして誤って銃を使ってしまったというものである。そもそもこれが本当だか分からないが、本当だとしてもテーザーと銃を間違えること自体信じられないミスである。人の命がかかっている仕事であるのに、武器の判別が徹底的にトレーニングされていないことが管理不足であり、そもそも無防備な状態なのにテーザーを使うことが習慣化されていることがおかしい。更にこのポーター容疑者は26年勤務していたベテラン警官であったというから驚きである。ベテラン警官がこれでは、新米はどうなるのか不安でしかない。

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同時期にニュースとなったのが、ヴァージニアで黒人の陸軍中尉が白人警官に車を止められ、指令に従わなかったとして一人の警官が中尉の目に催涙スプレーをかけた件である。これも特に中尉が暴れていたわけではなく、ナンバープレートがちゃんとついていないと言いがかりをつけられたあげく、車から出てこずに警官に説明を求めていたところでスプレーをかけられたのである。人によっては警官が車から出ろといったら外にでるべきという人もいるだろうが、興奮した警官がいる中で無防備で車から出て、逆に撃たれるかもしれないという恐怖が常に黒人市民の中にはあるからこそ出れないのである。そして、この主犯の警官は相手にまっとうな理由を説明せずにただただ服従するように求めている。それだけ警官であればなんでもしてもいいというおかしなパワーストラクチャーがアメリカな闇なわけである。途中で中尉が"I am afraid"と言ったところでこの警官は"You should be!"と言っており、これこそ脅し以外の何物でもない。結局被害者であるCaron Nazarioが訴えを起こしたことでこの事件が明るみになり、主犯の警官クビとなったわけだが、これもデレック・ショーヴィンと同じく、証拠となる映像がなければ無視されていたかもしれないと思うと憤りを感じる。この映像はアメリカの警察の悪態を非常によく表している事例であり、是非見て頂きたい。

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3. 結局何か変わるのか

話をジョージ・フロイドの判決に戻そう。今回の判決は決して喜ぶものではないと思う。何故なら裁かれて当たり前であるし、ジョージ・フロイドはもうこの世に戻ってこない。アメリカでもCelebrationという言葉が使われたりしたが、それは間違っている。Reliefという方がふさわしいかもしれない。然しこの結果が少なくとも正しい方向に進む小さな小さなステップであることは確かである。上述のように一向に警察による黒人やマイノリティーに対するプロファイリングは収まらない。但し、ボディカメラや監視カメラ、SNSによって警官の横暴が記録に残されやすくなってきたのもヘルプにはなるであろう。Black lives Matterのように市民が立ち上がって世論と政治家を動かすことが進んできている。

 

結局のところ今すぐ状況が好転することはないだろう。引き続き白人警官によって不法に逮捕されたり、殺される黒人は必ず出てくる。改善の為には、現在ゆるゆるである警官のトレーニングをもっとちゃんとやるように圧力をかけることが必至であり、怪しい人・行動を見たら速攻で銃を撃つという警官のマインドセットが変わる必要がある。この悪しき習慣を正すのにはものすごい時間がかかること否定できない。但し、一歩ずつでもこの社会が良い方向になり、いかなる人も怯えることなく過ごせる世の中の実現を願うばかりである。