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オマーのアメリカンカルチャーにおけるインパクト <The Wire> RIP Michael K Williams

どうも。アメリカではNBAのニュースが非常に少なく、アメリカンフットボールのシーズンが丁度はじまった時期で、アメリカのスポーツ熱は完全にフットボール一色であると言える。フットボールももちろん面白いのだが、今回はスポーツから少し離れてエンタメの話をしたい。

 

皆さんはマイケル・K・ウィリアムズという俳優をご存じだろうか。ハリウッドのトップスターではなく、有名な映画の出演もあまりなかった彼だが、ボードウォーク・エンパイアや、ザ・ソプラノズなどのドラマに出演した名脇役的な存在であった。日本での知名度はかなり低いとは思うが、アメリカでは特に黒人コミュニティから非常に多くの尊敬を得ていた。そんな彼は以前から薬物の問題を抱えていたようで、残念ながら9月6日に薬物の過剰摂取で54歳の若さで亡くなってしまってた。そこで彼へのトリビュートを込めて彼の代表作であり、私自身も大好きなHBOのドラマ「The Wire」のキャラクターであるオマーアメリカンドラマにおけるインパクトについて焦点を当てて記事を書いてみる。

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The Wireもあまり日本ではあまり知られていないTV Showだと思うが、アメリカでの評価は非常に高く、毎年のように評論家から絶賛を浴びるドラマをリリースするHBOの中でも歴代トップドラマの1つとして必ず名前が挙がる。The Wire自体放映当初すごい人気があったわけではないのだが、じわじわと知名度が上がり、2008年に放送が終了してからもストリーミングなどの効果でベストショーの1つとしての地位を確立をし、オバマ大統領が最も好きなドラマであると公言していた。

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The Wireの何がすごいかというとその徹底したリアリズムである。アメリカのボルティモアという都市を舞台に、5シーズンを通して、警察、ドラックディラー、ボルティモア議会、ブルーカラーワーカー、メディア、人種差別など、犯罪、政治、教育、差別などが複雑に絡み合った社会を描いている。通常の刑事ドラマのような激しい銃撃戦やドラマチックな展開がしょっちゅう起こるわけではなく、地味な警官の仕事をそのまま見せたり、世の中の現状、社会構造を描くことにフォーカスした作品であることで多くの賞賛を浴びた。一応主人公っぽいキャラクターはいるが、彼のストーリーはあくまで各エピソードの一つであり、登場人物と描かれている舞台の全てがアンサンブルキャストといった感じである。そして警察や一般市民が善とは限らず、悪の警察もいればドラックディーラーの中でも善悪が分かれ、世の中に絶対的な正義はないことを見せてくれる。

 

そんな中でもファンから最も愛されたキャラクターがマイケル・K・ウィリアムズが演じたオマー・リトルである。彼はドラックディーラーを襲って現金やドラックを奪ういわゆるStickup Manであり、ボルティモアのストリートから最も恐れられた人物という設定である。オマーは実際に存在したドニー・アンドリューというSitckup Manをモチーフにしている。ボルティモアストリートに彼の名前と伝説が知れ渡っており、オマーがショットガンを持って口笛を吹きながらストリートに現れると、皆が"Omar coming"と叫びながらその場から逃げていくというほど凶悪な存在である。

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本来であれば彼が悪役となってもおかしくないのだが、何故こんな彼の人気が最も高かったかというと、不条理だらけの社会の中で自分の生き様に負い目を感じることなく、また何も罪がない一般人は襲わないという自らのを信念を貫いていたからである。(A man gotta have a code) オマーが狙うのはドラッグディーラーを中心とした犯罪者のみで、何の罪もない一般人、もしくは女性や子供を狙う事は絶対しないのである。

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自ら罪を犯しながら、視聴者の人気者となった点でオマーはいわゆるアンチ・ヒーローの先駆けの一人と言えるだろう。アンチヒーローといえば、ドラマではThe Wireのちょっと前にザ・ソプラノズがこのジャンルを広め、その後マッド・マンのダン・ドレーパーやブレイキング・バッドのウォルター・ホワイトなどに繋がっていく。

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マフィアのボスが主人公というこれまでにないドラマの形を作ったザ・ソプラノズ

オマーはストリートの絶対的な強者であり、誰もが怯える冷酷さと、信念を貫くかっこよさを兼ね備えた人物であったのだが、それ以上にモラルとは何か、正義を訴える人は偽善者なのか、人によっては悪者が他の人には救世主となるといった、The Wireが教えてくれる世の中の複雑さを体現した存在であった。そこが彼のアメリカドラマ史上におけるステータスを押し上げた要因の1つと言える。オマーの有名なセリフの中に、ドラックディーラーを弁護するが、彼らに強盗しかけるオマーは極悪人だと主張する弁護士に向かって、"I got a shotgun. You got a briefcase"と言って、手段が違うだけでやっていることはどっちも同じと主張したものがあるが、まさにこのドラマのメッセージを象徴するシーンである。

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それ以上に大きなインパクトがあったのが、この誰もが恐れるギャングが黒人のゲイという設定である。それまでのドラマにおけるゲイのキャラクターはコメディー要素が強く、ギャグのネタとなったり、主人公の面白い友達といった扱いを受けることが多かった。また、ヒップホップやマッチョカルチャー、キリスト教の影響が強い黒人の間では、ゲイに対する反応が白人以上にネガティブだったりしていた。そしてそもそも白人もいるドラマの中で黒人キャラクターが脚光を浴びることが少なかった当時、そのドラマで最もクールなキャラクターが黒人かつゲイというのはこれまでのステレオタイプを根本から覆す革命的な出来事だったわけである。昔だったらあったキャラクターがなよなよしたり、ゲイであることを強調するシーンやセリフは一切なく、過酷なストリートを生き抜くタフな人物がたまたまゲイであるというスタンスで描かれている。

 

またただゲイという設定だけでなく、外ではタフなオマーは、自分の恋人と一緒いる時はパートナーに隠すことなく愛を伝えており、これまでタブーとされてきたゲイカップルのラブシーンをごく普通にストーリーの流れで入れた点もオマーは時代の先を行っていた。これもまたコメディタッチで描かれやすかったゲイのキャラクターをあくまで社会の中の一人として表現したThe Wireらしい演出である。

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このハードな外面とソフトな内面を持ち合わせていたこともオマーの大きな魅力の1つであり、マイノリティのRepresentationという点でも彼のアメリカンエンターテイメントへの影響は非常に大きいわけである。

 

複雑なキャラクターを見事にまで演じ、その他の作品の演技でも大きなリスペクトを得ていたマイケル・K・ウィリアムズがドラック依存症に悩まされて、早すぎる死を迎えたのは悲しい限りではあるが、彼とオマーのレガシーは今後もしっかりと受け継がれていくだろう。何故なら彼はいつまでもKingなのだから。

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