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ウィル・スミス問題から見るアメリカと日本のカルチャーの違い

どうも。NBAもかなりヒートアップしており、イーストのトップシードの混戦からウエストも3位以下の順位が分からず、レイカーズはプレイインを逃すという大惨事が起こり、ネッツも9位なるかもしれないなど、色々面白い事が起こっている。が、今回は今更ながらアメリカでも日本でも大きな話題となったオスカーでのウィル・スミス、スラップ事件に焦点を当てたい。アメリカエンターテイメント史上稀に見る一大事であり、既にこの件については日本でも多くの記事や意見が出ているが、アメリカ文化、アメリカコメディー大好き人間として、記事にしない訳にはいかなということで、もう聞いた事があるよいう内容かもしれないが自分なりにまとめてみたい。

 

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<ウィル・スミスとクリス・ロック>

まず、ウィル・スミスは今年念願の初のオスカーを獲得することが大方の予想だった。ヒップホップアーティストから、TVスター、そしてハリウッドのメガスターとして、多くのヒット作品を世の中に出しつつも、賞レースとは縁がなかったウィル。これまでも何回かオスカー狙いの演技をしていたが、ノミネートだけに留まっていた中、今年は大本命ということで、ウィルのこれまでの功績を称えようとするポジティブな風潮が非常に強かった。また、ウィル・スミスは、ハリウッドスターの中でも日本でも知名度はかなり高いし、評判がいい俳優である。

 

一方日本ではあまり知られていないが、クリス・ロックアメリカではレジェンドの地位を持つスタンドアップコメディアンである。90年代から頭角を現し、彼のスタンドアップスペシャルの、"Bring the Pain", "Bigger & Blacker", "Never Scared"はコメディーのクラシックと言われる傑作である。黒人の視点からの鋭い社会風刺や、家族、恋愛まで様々なトピックを時には議論を呼ぶ内容で笑いを取る。アカデミーのプレゼンターとしても彼は何回も出ているし、ウィル・スミスほどではないが、アメリカではかなり有名なセレブリティなのである。

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<辛辣なアメリカンジョーク>

今回、プレゼンターとして登場したクリス・ロックはスキンヘッドになったウィルの奥さんのジェイダ・ピンケット・スミスに次のGIジェーン (デミー・ムーアが軍隊に入ってスキンヘッドになる映画)

G.I. Jane (1997) - IMDb

の出演楽しみにしているよというジョークを言ったわけであるが、ジョーク元が古いし、まあこのジョーク自体面白かったは微妙である。そしてクリス・ロックがジェイダの脱毛症の症状を知っていたかも分からない。ただいずれにせよこのジョークの内容はアメリカのコメディでは普通である。

 

日本ではアメリカンジョークで容姿は揶揄しないという報道があったが、結構普通にある。トランプが大統領時代に彼の体系を馬鹿にするジョークは一杯あったし、相手を馬鹿にする一言では割と使われる。更に、アメリカのジョークの形態にRoastというものがあるが、まさしく相手を馬鹿にして辛辣なジョークを面と向かって言うのというものである。顔や動作で表現せずに言葉だけで相手を茶化すというのが基本だが、日本の茶化すとレベルが違う。Roastでは容姿もジョークの対象だし、その人の過去の失敗例や、ヒトラーや歴史的惨事を話題にしたりとほんとになんでもありなのである。ただ酷い事を言っても意味はなく、要は言っていることが面白いか面白くないかで判断される。たまにエッジが効きすぎた場合は、笑いよりもちょっと冷めた空気になるが、その反応に更に笑いを入れて返すのがアメリカンコメディなのである。

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<賞レースの際のジョーク>

こういったジョークは対象がセレブリティだからできるというのがある。それは彼らが社会的に強い立場にいる為、その下の人間や中の人間が馬鹿にしてきても笑い飛ばすぐらいの心の広さが求められる。これこそがアカデミー賞エミー賞の司会者のエッセンスである。アメリカのアワード賞の司会は必ずと言っていいほど、コメディアンが担当する。そして司会者が最初スタンドアップコメディのように観客の俳優やミュージシャンの前でジョークを飛ばすというのが慣例である。

 

そしてこういった賞レースの司会者やプレゼンターのジョークは、出席しているセレブリティが対象となり、何人かがピックアップされて笑いものにされるのである。その中には中々辛辣なものがあったり、自分のことや家族のことを馬鹿にされることもある。そしてセレブリティはことを言われても笑って水に流すのがふつうなのである。たまに明らかに不満そうな顔をする人もいるが、それは視聴者から心が狭いという風に思われてしまう。

 

以前ゴールデングローブ賞の司会を何回か担当したイギリスのコメディアンのリッキー・ジャベイスのジョークは、そんなハリウッドでもかなりキツ目のジョークが満載でセレブ達がしかめっ面していたが、3年連続で司会を担当したりと呼ばれ続けるという事は、それが面白いと思われ、結局需要があるということなのである。ジャベイスのジョークの数々を聞いたら、今回のクリス・ロックのジョークなど正直全然かわいいものである。

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<最近のウィル・スミス家の私生活>

こういったジョークの数々はアカデミー賞の司会やプレゼンターでも普通にされるのだが、何故ウィル・スミスがこんなセンシティブになったのだろうか。あくまで憶測だがその理由の1つに彼の最近のオープンすぎる私生活があるかもしれない。一時期は天下無敵のスターだったウィルも、ここ15年程度でヒット作だらけというわけにはいかなくなった。そこで最近はSNSでのプレゼンスを上げる努力をしており、自分の私生活についてもどんどんと公表している。

 

更に妻のジェイダもRed Table TalkというFacebook Liveの番組をやっており、自ら司会となってゲストとディープな会話をする内容で、そこで更にスミス家の内情が世間に伝えられることになる。そのエピソードの中の1つに、ジェイダが20歳年下のR&Bシンガーとの数年にわたる浮気を、ウィルに面と向かって懺悔するエピソードがある。この時会話中のウィル・スミスの困惑した顔はMemeとなって、スミス家は笑いの対象になってしまった。

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<ウィルの反応の問題>

上記のようなオープンすぎる私生活がどこまでウィルのメンタルにきていたか分からないが、ビンタした後の彼の表情や言葉の使い方、オスカー獲得後の5分超のスピーチからして明らかに普通の精神状態ではないようだった。

 

更に、クリス・ロックがジョークを言った瞬間は笑っているのもよくなかった。ウィル本人は笑っていて、その横のジェイダがいらついた表情をしていたのを見て、行動に至ったと思われても全然おかしくなく恰好が悪い。また、ジェイダ自身も自分の浮気については笑って話すくせに、自分がジョークになったらそれを笑い飛ばせないのはどうなのよというネガティブな意見が彼女にも集まった。(浮気の件があり、もともとジェイダの評判が落ちてきていたということもあるだろう)

 

既に何回も述べたように、ハリウッド俳優がこういったジョークを浴びせられるのは当たり前であり、笑って受け流すか、気に入らなかったら裏で話し合うのが大人の対応だとされる。銃社会ではあるが、暴力は反対というパラドックスアメリカにはあり、どんな状況でも公の場でコメディアンをビンタするなどご法度なのである。しかもウィル・スミスとクリス・ロックというアメリカでは超有名な2人の間で、世界中の人が見ている場でこんなことをするなど尚更批判される。

 

こんな状況に慣れていない出席者も最初ウィルがビンタした際に、おそらくコントの一部だと思っていただろう。だからビンタの時に笑いすら起きていた。それがウィルが席に戻ってきてFワード使いながらロックに罵倒しているのを見てやっとこれがリアルだとみんな理解した感じである。クリスもスラップされるまで後ろに手を組んで笑っていたのを見ると、ウィルの反応は全く予期していなかっただろう。そのぐらい今回の彼のリアクションはアメリカ人、セレブリティにとっては異常だった。

 

もしウィルが、ステージに上がってジェイダの病気の事を説明するとかだったら全然問題なかったのだろうが、暴力という手を使ってしまったことはアメリカ人にはどんな状況でも受け入れられない。

 

<日本の反応との違い>

アメリカのトークショーやニュースなどでは大多数がウィル・スミスを批判し、特にレイトナイトショーではスラップが大いに笑いの対象となった。一方日本では、メディア含めて大多数がウィル・スミスの行動を支持しているようだった。

 

この違いは何だろうか。まず、クリス・ロックのようなジョークが日本では受けない事が言える。日本では、ブサイクキャラや女性芸人に対して容姿を揶揄するコメントすることは日常茶飯事だが、それは既にキャラとして成り立っているからが大事で、今回のジョークのようにふとした評しで女優を馬鹿にすることなどしない。要は日本ではジョークができる相手が限られるのである。それに対してアメリカでは誰でもジョークの対象になる。

 

また、日本ではこれが言葉の暴力と言われているが、アメリカ人からしたらジョークに暴力なんて概念はない。ジョークに対してそんなかっかするんじゃないというのが前提としてあるからである。(最近はキャンセルカルチャーなどでアメリカでもコメディの難しさが出てきているが)それに今回クリスがジェイダの症状を知っていたかのように日本では言われているが、その真相は不明である。

 

更に大事なポイントとして、日本ではなんだかんだ暴力がOKになりがちである。そんなことはないという人もいるかもしれないが、体罰や根性論は明らかに日本の方がアメリカより未だに根強い。漫才やバライティでも、ボケに対してのツッコミで手が出る、ど突くというが当たり前である。アメリカンコメディーではそんなことはありえず、ボケに対しては言葉でボケで返す。その為、ジョークをした相手のリアクションへの耐性が違う。

 

また、この騒動の後出てきた意見の1つに、なんでジェイダのディフェンスにウィルが出てこなきゃいけないのかということである。ハリウッドの人達からしたら、女性は男性と対等に扱わらなければいけなく、対等に扱われるならジェイダ自身で何か行動すべきだったということである。これは女性の活躍がより進んでいるからこそ出てくる意見だろう。未だに女性は弱い存在として扱われやすい日本だと、男性側が行動を起こさなきゃいけないという固定概念がある。ある意味Toxic Masculinity (男性の伝統的な役割を通そうとする有害な男らしさ) を象徴とするウィルのビンタが、男尊女卑が根強い日本だと支持されてしまうのではないか。

 

今回の騒動でアカデミー委員会からの辞任を表明し、アカデミー主演男優賞も剥奪されるのではないかと言われているウィル。ハリウッドの最も成功したブロックバスター俳優としての人気を今後取り戻す事ができるだろうか。失敗をしたらたくさん批判されるが、一方どん底からのカムバックも大好きなアメリカだけに、時間をかけて再度彼が賞賛される日は来るはずである。