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ジャ・モラントと早すぎる富と名声の代償

どうも。NBAも残り1か月でプレイオフになってしまうのかと思うとほんとあっという間である。日本ではWBCで野球が大盛り上がりだが、NBAも話題に事欠かない。特にここ最近で一番大きなニュースとなったジャ・モラントの一連のメルトダウンについて触れてみたい。リーグで最も人気のあるスーパースターの一人かつ、優勝争いにも加われるレベルのチームのエースが個人的な理由でシーズン終盤にチームからサスペンドされるというのは前代未聞だからこそ、このニュースは非常にショッキングなものであった。

 

<モラントが関与したと言われるここ半年の事件>

ここで改めてモラントと彼の取り巻きが絡んだとされる事象を振り返ってみよう。諸々明るみになったのはこの1か月程度だが、時系列で見てみたいと思う。

1. 2022年7月16日:モール内でモラントの母親とセキュリティガードが言い争いにになり、連絡を受けたモラントとその取り巻き9人程度がセキュリティを脅し、セキュリティが警察に連絡。

2. 2022年7月22日: モラントの自宅で地元の子供たちを招いてピックアップゲームをしていたところ、17歳の青年と言い争いになりモラントが彼を10回以上パンチした。この青年も暴言を吐いたとされているが、モラントは更に自宅から銃を持ってきて青年を脅したとされている。

3. 2023年1月29日: インディアナ・ペイサーズとの試合後、モラントと取り巻きの乗る車からペイサーズのスタッフに対してレーザーのようなものが当てられたと報道される。NBAが調査し、危険性はなかったとされるが、その時にも銃を見せびらかしていたともされている。

 

こうして一連の流れが3月初めに報道されるようになり、モラントと彼の取り巻きの暴力的な性質や銃に対する強い興味が明るみに出始めたところで、モラント自身が非常に浅はかな行動に出る。なんとInstagram Liveでストリップクラブにいる様子を撮影し、その際一瞬銃を見せびらかす行為をしたのである。

 

スポーツ界におけるスーパースターである存在が誰もが見れるIG Liveで銃を見せること自体がとてもショッキングであるし、上述の通り、彼と銃に関する問題が取り出されていたタイミングでのこの行為は愚かというしかない。しかも誰かに撮影されたわけでなく、自ら配信しようとしたことで、彼が事の重大さを理解していないことをよく表していた。

 

<元々は謙虚な人間として知られていた>

モラント自身は比較的遅咲きの選手で、高校時代はエリート大学からの勧誘はなく、比較的無名のマレー州立大学に進学する。そして最近は高校の時点でリーグに目をつけられている選手が多い為、大学で1年目だけプレーしてプロ入りするいわゆるone and doneが主流だが、彼は1年目終了の時点ではまだプロは目指せなかった。それが2年目になって大きく飛躍し、ドラフトのトップ選手候補に一気に名乗り出て、No.2でグリズリーズに入団することになる。

 

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グリズリーズに指名された時の動画を見てもわかるように、こうしたいわゆる雑草魂的な精神があったからか、彼は入団当初は負けん気は強いしトラッシュトークはするが、謙虚でチーム思いの選手として言われていた。チームファーストの姿勢を持っていることは今でも変わっていないし、チームメイトからも概ね好かれているようだが、この2年程度で彼自身に少し変化が起きていたと個人的にも感じる。

 

<プレイオフでの活躍、リーグを代表する選手となる>

プロに入ると順調に階段を上っていき、1年目で新人王を獲得、2年目はプレイイントーナメントを勝ち抜き、第8シードながらプレイオフ初進出。敗れはしたものの接戦が多く、モラント自身も初のプレイオフシリーズで47得点上げる試合もあるなど、非常に明るい未来が想像された。また、リーグ入団当初から、リーグ屈指の身体能力を活かした数々のスーパープレイを残し着実に人気を上げていく。

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3年目になると更なる飛躍を遂げ、1試合平均27得点のスコアラーになるだけでなく、チームもウエストの第2シードになるまで成長し、名実ともにリーグを代表する選手の仲間入りをする。プレイオフではファーストラウンドを突破して、後のチャンピオンのウォーリアーズ相手に善戦。モラント自身は途中からケガで欠場を強いられたが、グリズリーズが今後何年も強豪となることは確実だった。4年目の今年も継続して強いチーム力を維持し第2シードで長らく推移し、モラント自身も昨年以上にまとまったプレーで、自身の初のシグニチャーシューズがデビューするなどスーパースターという名を確実なものにしていた

 

一方昨年あたりからモラントを筆頭としたグリズリーズの強気な態度、生意気と言われても仕方がない姿勢は目に着くところがあり、いたる場面でトラッシュトークを繰り広げるようになる。チームの若さとその団結力の高さから最初のうちは見ていて気持ちがいいと好意的に受け止められていたが、それがずっと続いてエスカレートするようになった今年は各チームの反感を買い始める。例えば優勝経験が何回もあるウォーリアーズのようなチームが相手を見下すようなことをしても許されるところはあるが、ファイナルにする進出したことがないグリズリーズとモラントがそういった態度を取ることはある意味彼らの未熟さを表していたのかもしれない

 

また、このコート内のCockyさ、自分達を強く見せようとする態度がモラントのコート外での態度や姿勢に影響を及ぼすようにもなった可能性もある。

 

<ギャングスターカルチャーの影響>

モラントが自信過剰になっていくなかで、彼の更なる変化はギャングカルチャーへの憧れにもみられるようになる。黒人文化にとってヒップホップは欠かせない存在であり、その一部にはストリートライフ、ギャングスターとしての生活というのも含まれている。そしてこのいわゆる「ハード」さがかっこいい、クールの象徴として捉えられることも多々ある。

 

アレン・アイバーソンとかは最たる例で、ファッションから生き様まで、ハードさを表した選手生活だった。アイバーソン自身は貧困に苦しんだ幼少時代、学生時代のトラブルなどのストーリーがあった為、90年代に大きく人気を得たヒップホップ文化と相まったのである。もちろんこのハードさ・タフさへの憧れは黒人だけではないが、黒人男性の中に深く根付く文化的要素があることは間違いない

 

モラント自身は不自由なく暮らせる家庭で生まれ、学校も私立の学校に行けるレベルであった為、生粋のギャングスターなどでは全くない。つまり単純にハードな奴だと思われたいという憧れがあるのだろうと思う。銃を持つことは自分が危険な存在なんだぞと表すツールでもあり、それを誇示したいという欲求があるのだろう。

 

ただ黒人文化におけるギャングカルチャーの心配は、生半端にそういった世界に首を突っ込んでいくと、自分の身に危険が及ぶ可能性が十分にあるということである。本当にリアルな奴だけが生き残れる世界なのであり、むやみに自ら入り込むべきではない。それがNBAのスーパースターなのであれば持ってのほかである。

 

<親含めた周りの変化があったか>

モラントがどんどんと自信過剰になり、ハードさをアピールしていく中で、そこに歯止めを効かせる存在がいなかったのも問題であろう。本来であればチーム内のベテランの選手であったりがこれを教えるのだが、グリズリーズは総じて若い選手が多い。その上モラント以上の実力を持ったプレイヤーがいないとなると、チームの顔である彼に物を申せる人が少なくってしまうのは確かである。(全く別の話ではあるが、トレイ・ヤングもコーチ、スタッフと上手くいっていないと言われるが、彼もまた若くしてチームの権力を手にしすぎてつけあがり、弊害が生じている感じである)

 

となると、モラントの家族や近い友達がサポートしてあげなければいけないのだが、そこが欠如してしまっていたようである。特に両親については結構問題があると思っており、父親のティー・モラントは毎試合コートサイドで試合観戦するのはいいが、昨年あたりから歌手のアッシャーに似てると、全国メディアでもてはやされるようになり調子に乗ってしまった雰囲気が否めない。いつも酔っぱらってハイテンションでいる姿がうつるし、息子が築いてくれた不自由がない生活を満喫しすぎているのではないかと思う。もちろん親である以上子供の活躍に舞い上がってしまうことはあるが、加えて自分自身が注目されたことでセレブ気分となり、ジャのストッパーになるのとは反対に、父親であるティー自身が状況を悪化させたのではないかと考えられる。(もちろん全て推測の範囲ではあるが)

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<多大な富と名声を手に入れることによる責任>

この自分を強く見せたいという虚栄心は、スーパースターとしてのプレッシャーからきているものなのか、イエスマンだらけに囲まれて彼の人格が変わってしまったのか、それか単純にギャングへの憧れがある人たちと吊るみたいだけなにかは分からない。いずれにせよここまで大きなニュースとなったのは、モラントがこれからのNBAを背負っていくはずの若手スーパースターだったからである。

 

特に最近のリーグのトッププレイヤーは、イヤニス、エンビード、ヨキッチ、ルーカなどアメリカ国外の選手が上位を占めており、レブロンとカリーの後を継ぐアメリカンスターの台頭が望まれていた。その上でリーグで最もエキサイティングな選手かつ、メンフィスというミッドマーケットのチームからのスターというのはNBAが最も望む将来であったはずに、彼への期待は大きかった。

 

それ自身が本人が望んだかは分からないが、リーグの顔として広告塔となり、一般人では絶対手に入らない富を得るということはどうしても責任が伴う。アービングのケースでもそうだが、単純にバスケが好きだからプロになっただけでも、プロになるということは営利企業の為に働くということであり、企業としてNBAが人気を保つためにそれを支えるスーパースターのイメージは非常に重要なのである。NBAという世界的ビジネスの中核にいて、何世代にも渡るお金を稼ぐには、常に世の中の注目を集め、自由が奪われるなど一定の犠牲が伴うのである。(スパイダーマンのGreat Power comes with great responsibilityと同じことである)

 

スポーツ選手としてスーパースターでいるのは簡単ではない。どこにいってもカメラを向けられ、周りには理不尽な期待をされ、自分の家族を養う必要もある。そしてちょっとでもミスをしたら非難轟々である。そういったことでモラントが対処しきれない精神的な重みを感じて、ストレス対処方としてギャングスターに憧れたのかもしれない。もしくは親を含めて周りにイエスマンしかいなくなり諭してくれる人がいなかったのかもしれない。(そう考えると、高校時代から全米の注目を浴び続けながらスキャンダルゼロのレブロンは本当にすごい)

 

どういった事情があれ、彼はまだ23歳と非常に若い。犯罪を犯したわけではないし永遠に咎められるべき話ではない。今年の期待値が高かったグリズリーズだけに、今シーズンが水の泡となってしまった彼のチームメイトは大変であろうが、モラント自身がこの経験を活かして選手として人間として成長した姿で戻ってくることを切に願いたい。