スキャンダルの続くNBAの報道のあり方
どうも。NBAのジャパンゲームが開催され、SNS含めて結構な盛り上がりを見せた。さいたまスーパーアリーナにも満員の観客が集まっていたり、セレブリティが観戦していたのを見ると、2006年に開催された世界バスケで同じさいたまスーパーアリーナの会場に私自身が行った際、アメリカ戦ですら半分ぐらいしか席が埋まってなかった状況と比べて日本のバスケへの熱度が大きく変わったなと思う。もちろん八村塁という存在もでかいし、カリーが来日したのも大きいのだが、2006年の時だって、レブロン、ウェイド、カーメロ、ポールなどが錚々たる布陣を揃えていたのだから、この15年程のバスケ人気の変化を考えると感慨深い。
そんなハッピーなニュースの中ではあるが、今回はここ最近NBAで大きな話題となった、フェニックス・サンズのロバート・サーバーのセクハラ・パワハラ・人種差別的言動についての報道からのチーム売却、そしてボストン・セルティックスのイーメイ・ユードカの不倫・セクハラ問題からの1年間サスペンドというスキャンダラスなニュースが続いている状況とメディアのあり方について考えてみたい。
<ロバート・サーバーとサンズ>
まず、サンズのオーナーであったサーバーについての報道に触れてみよう。もともとサーバーが良いオーナーではないということはNBAコミュニティの中では広く知られていたことだった。2004年にチームを購入してからというもの、スティーブ・ナッシュを率いて5年程度強豪のチームとなったが、その時期から非常にケチなオーナーでラグジュアリータックスを超えないように選手を放出したり、やたら偉そうに振る舞っているなど評判は決して良くなかった。そこから2010年代になるとサンズは万年プレイオフを逃すチームとなり、その間にコーチがしょっちゅう変わったり、十分な補強をしなかったり、施設をアップグレードしなかったりと悪評は高まるばかりであった。また、元チーム関係者や選手達からの発言でも評判の悪さが伺えのだが、それがスポーツニュースのトップに来るほど話題になったことはなかった。
それが大きく変わったのは、昨年2021年にESPN (アメリカの大手スポーツサイト・ケーブルチャンネル) の記者であるバクスター・ホームズによる詳細な記事である。この記事では、多くのエビデンスをもとに、どれだけサーバーがやばい人間であるかを世間に明示したのである。
この記事を書くにあたり、バクスター・ホームズは合計70人以上の現サンズ関係者や過去の従業員に取材し、全てちゃんと裏をとった上で報道をした。これを完成させるにあたり彼は相当の時間を費やして、立証できる内容をベースに、サーバーとサンズの問題点を指摘することに成功した。
この報道を受けてNBAは独自の調査を1年かけて行い(長すぎる気がするが)、サーバーを1年間オーナーとしてサスペンド、罰金1,000万ドルの罰金を課すことを決定した。しかしこの決定の直後には、罰則が甘すぎるとしてNBAのご意見番であるレブロン・ジェームズや現役サンズ選手のクリス・ポールが失望のツイートをしたこと、Paypalなどがスポンサーから撤退表明を出したことによって、世の中と組織内部の大きなプレッシャーを受けて結局サーバーはチームを売却することを決定した。
<ちなみにではあるが、このNBAの罰則決定からの、レブロンとポールのツイート、スポンサーの撤退は実は裏で関係者が合意を取った上でのコーディネーションだとも言われている。なぜこんな回りくどいやり方をコソコソしたかというと、オーナーがチームを手放すかどうかはNBAに決定権はなく、あくまでオーナーにプレッシャーを与える事しかできないからである。その為、チーム売却をせざる負えない状況に追い込むようにNBAの内部でコミュニケーションを取っていたということになる。>
このケースは、1人の記者の時間をかけた徹底的な取材と報道がチームの歴史を変えた、まさにInvestigave Journalismの最たる例と言えるだろう。
<イーメイ・ユドーカと女性問題>
サーバーを売却に追い込むきっかけとなった詳細な取材と記事とは正反対の、センセーショナルかつゴシップまみれの事象となったのがボストン・セルティックスのヘッドコーチのイメーイ・ユドーカの不倫・セクハラ?問題である。ニュースが出てきたのが9月22日、これを書いてる10月4日になっても未だに具体的な内容が分かっておらず、憶測の上で話が進んでしまってその憶測によるバックラッシュなども起きているという非常にMessyな状況である。どうしてこんなことになってしまったのかを観察すると以下のとおりである。
① Wojの匂わせツイート
事の発端は、元々は全く事前背景とかがない中で、このブログにも度々登場するニュースブレイカーのWojことAdrian Wojnarowskiが、ユドーカがセルティックスからサスペンドされる可能性があるという事実だけを先にツイートしたことに始まる。この段階で誰もセルティックスの内部事情を知らない中で、いきなりサスペンドの可能性だけ報告されたら、何があったのだと反応するのが一般的な感覚であり、ツイッター上でも憶測ツイートが飛び交うようになる。
ESPN Sources: Boston Celtics coach Ime Udoka is facing possible disciplinary action – including a significant suspension – for an unspecified violation of organizational guidelines. Discussions are ongoing within the Celtics on a final determination. pic.twitter.com/1QZb0k326F
— Adrian Wojnarowski (@wojespn) September 22, 2022
② Shamsの追い打ちツイート
この曖昧なツイートがされた2時間半程度経った後に、今度はWojのライバルであるShamsこと、Shams Charaniaが既婚者であるユドーカ (Nina Longというアメリカでは知られた女優が妻) が女性と同意の上でセルティックスのスタッフメンバー親密な関係を持ったとツイートしたのである。
Celtics coach Ime Udoka had an improper intimate and consensual relationship with a female member of the team staff, sources tell @TheAthletic @Stadium. It’s been deemed a violation of franchise’s code of conduct.
— Shams Charania (@ShamsCharania) September 22, 2022
この事実だけを聞くと、正直よくある事なのではないかという話になるのだが、ここでSNSの悪魔的要素が浮かび出る。一部のツイッターユーザーがじゃあ誰がユドーカと不倫していた可能性があるのかを推測し、考えられるセルティックスの女性のスタッフの写真をツイートしまくったのである。その人であるという確証がゼロの中、憶測が憶測を呼び、セルティックスの女性スタッフ・社員の多くが私はユドーカの不倫相手ではないと表明しなければいけない事態にまでなった。これこそ本当にプライバシーの侵害であり、センセーショナルなニュースを面白がって相手の気持ちを全く考えない人間の醜さが表立って出た1日であった。
③ セルティックスの対応の悪さ
更にその翌日には、ユドーカが1年間丸々HCの座を降りるという決定がセルティックスから下されたことがツイートされると、更なるゴシップと議論が沸く。同意の上での不倫で1年もサスペンドされるのは長すぎるのではないか、いいか悪いかは別として他でも絶対ある事象なのにチーム内で不倫したことでこれだけ重い処罰なのか、実は不倫ではなくヘッドコーチとスタッフという力関係の差を利用して強引に不倫関係に持ちこんだのではないかなど、正確な事実が分からないまま異なる意見がツイッターだけでなくスポーツ番組でもたくさん見られた。もちろん報道のされ方やそれを受けての反応に批判がいくのは当たりまでではあるが。セルティックスも詳細を全く語らない為、ゴシップだけが独り歩きさせることに加担したことは事実であり、彼らの説明責任も問われるべきだと思う。
<スクープをとにかく狙う現代スポーツメディアの悪>
こうしてみてきたように、この件についてはまずWojがいけない。セルティックスからの正式な発表がある前に、詳細も不明な状態でユドーカがサスペンドされる可能性だけをツイートして不必要な会話をたくさん生んだ。そしてShamsもそれに重ねるように、ソースをもとに聞いた内容をツイートだけして更なる疑問を作ったという点でも責任重大である。SNSの発達によって、とにかく一番早くに情報を届けることが良しとされるようになってしまい、スポーツメディアも例外ではない。確かにFAやトレード情報においては素早い情報を得られるというのはありがたいことだが、オフィスの中の不倫・セクハラ問題というのはとても繊細に扱わなければいけないトピックである。それをあたかもトレードの発表のようにツイートしたブレイキングニュース文化が今回のゴタゴタと失態を生んだ根源であると思う。
冷静に揃った証拠をもとに、ファンに事実を伝えるという記者達のプロセスが中途半端であった為に、相手の気持ちを考えないやからが多数存在するSNSで誹謗中傷が助長され、事実でないことまでツイートされまくり、それを鵜吞みにするスポーツコメンテーターが適当な事を言って議論するというゴシップの悪循環が出来上がってしまった。
それぞれのニュースの内容が全く違うとはいえ、報道のされ方、反応の受け方があまりにも違うこの2つのショッキングな事例は、現代スポーツジャーナリズムの闇を表沙汰にすることになったといえ、これをきっかけに、関係する全ての人達がもっと相手へのケアを持ったresponsibleな行動をすることを願いたい。